追悼 永六輔さん

永六輔さんが、七夕の日(7月7日)に亡くなった。いまはさびしくて、昔の番組の録音を聞いたり、著書を読んだりしている。

永さんのラジオ番組が好きで、仕事の時によく聞いていた。

永さんを初めて生で見たのは、知り合いに連れられていった1992年末の高石ともやのコンサート(有楽町・読売ホール)だった。高石ともやの歌の合間に舞台の袖に出てきて、立て板に水のように面白い話をしていた。とても印象に残った。

その後木工の仕事にかわり、仕事中にラジオを聴くようになってからどんどんその魅力に引き込まれていった。

何が魅力だったのか?

永さんは、「本物」だったからだと思う。テレビに出てくるタレントやら芸能人は映っている姿と実生活は一致しているとは限らない。永さんの場合は、「ラジオの先で聞いている人に会いに行く」ということで日本中の人に会いに行き、それをラジオの番組で話していた。

永さんの「本物」を物語るエピソードは数多くある。ラジオ番組に寄せられたハガキには返事を出す(何万通もだした結果、腱鞘炎になってやめた)、尺や寸といった日本の伝統的な尺貫法が政府によって禁じられたときに、草の根から運動して使用を認めさせた。日本各地の芸能やしゃべりの芸能人を暖かく応援した、などなど。

もちろん、第1回日本レコード大賞となった「黒い花びら」をはじめ、数多くのヒット曲の作詞。ちなみに、亡くなった僕の父がよく口ずさんでいたのは、「いきるものの歌」だった。

でも、本当に本物を示すエピソードは、あまり語られていないが、番組中に広告と番組の内容を厳しく区別したことだったと思う。

ラジオ番組では、ラジオショッピングと称して、出演しているパーソナリティが番組の中で商品を公然と宣伝する。番組中に世評やら政治談議ををしていたパーソナリティが、ラジオショッピングの時間になるとあたかも番組の一部のように広告をする。

だが、永さんの場合、このラジオショッピングになると口をつぐんでいた。

メディアと広告の関係。広告主に主張をゆがめられるということが一番の懸念だ。最近のNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」でも、社長の小橋常子と編集長の花山伊佐次が雑誌に広告を掲載する件で決裂した。花山は言った、”広告を載せると雑誌の内容に必ず口出しをする”。最新号の「暮らしの手帳」をみても広告はないので、広告を載せない方針でずっときたのだろう。

永さんのご冥福をお祈りします。

 

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